雑賀のこと

雑賀の町は、旧藩時代足軽という低い身分の人の居住地とした町で雑賀者と呼ばれていたが、総理大臣となった若槻礼次郎、法曹界の泰斗で日本スポーツ界の草分けとして知られる岸清一という二人の偉人が誕生したことから一躍松江の文化地域として脚光を浴びた町である。

江戸末から明治初期にかけて私塾や寺子屋が多く、漢学や算術、手習いが広く行われるなど教育に熱心な町である。なかでも後世に貢献したのは沢野修輔であった。沢野は、足軽の出身ながら江戸に遊学した優れた儒学者で人格者であった。沢野は『人間本来の心を培い自主独立、不屈の精神』を説き、幼い子どもたちに一貫してこれを諭した。島根県の中で英傑と呼ばれる人の多くはこの門下生である。若槻礼次郎、岸清一、渡部寛一郎、梅謙次郎、梅錦之丞、岡崎運兵衛、西田千太郎、木幡久右衛門など自立不屈の精神を培われた門下生である。そうした環境の基、沢野は松江市で最初に開校した雑賀小学校の初代校長として教育の陣頭指揮をとった。

沢野の精神は今でも『雑賀魂』として受け継がれている。

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